温泉街マップ
ぶらり温泉街
人と出会う街
温泉街の映像
 
渋温泉九糖めぐり
 
 
 
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人と出会う街
 
人と出会う旅
 
この温泉地を訪れ街を歩いた人ならば、訪れたその土地で生まれ育った人との出会い語らいが「旅」の満足度に大きく関わることを知るでしょう。
人と出会える温泉街、それが渋温泉街です。
 
 
 
湯ったり見にギャラリー「おりがみの家」 ぶらり歩きに、なぜか合う「折り紙アート」
 
だれにとっても身近なものなのに、その奥深さに触れたとき、皆が驚きを隠せない。そこが折り紙の不思議な魅力です。
その素朴さにただただ見とれる人、どうやって折ったのだろうと首をかしげる人、そして自ら挑戦を試みる人。大湯の脇にしっとりと構えたこのギャラリーの前では、石畳に響く下駄の音も一旦やみ、ホッと一息。
 
1998年に開催された長野冬季オリンピック招致活動で、各国に向け折り紙を紹介したことがきっかけで、ついにはこのようなギャラリーまで造ってしまったのはひしや寅蔵の西澤さんです。「私は初心者。まだまだすごい折り紙アーティストはたくさんいる」と謙遜していますが、その温厚なお人柄がギャラリーを温かくし、誰でも気軽に入れる雰囲気をかもし出しています。
 
ここの一番人気はカブトムシ。その完成度の高さに加え、自分も頑張れば折れるかもしれないという程よい難しさがうけているようです。西澤さんの都合さえよければ、1時間程度の折り紙教室も受けられます。この体験は、一生残る旅の思い出になることは間違いありません。
 
 
 
喫茶 信濃路
 
「若い頃はスキーの選手」と聞いたとたんに誰もが尊敬のまなざし。この魅力あふれる元スキー選手は喫茶信濃路の春子おばあちゃんです。

なんといってもこの温泉地の裏山は日本有数のスキー場志賀高原ですから、実力のほどは確かです。女性スキーヤーがカッコイイのは今も昔も変わらないハズ。春子さんの若いときはリフトなどなく、滑り降りるためには先ずスキーを担いで山を登ったとのこと。話を聞きながら頭の中で思い描くその光景もまたカッコイイ。
 
そんなわけで、渋のことはもちろん志賀高原のことも隅々まで知り、それを客人に語り伝える。
かつて渋温泉を拠点に志賀でスキー三昧をした元若者が、数十年ぶりにぶらりと訪れることもめずらしくありません。昔と今の話をたくみに織り交ぜながらの語りは必ず引き込まれてしまい本当に時のたつのもわすれさせてくれます。今風に言うとアスリートがエンターテイナーになったので話がさわやかで面白いのでしょう。
もちろんコーヒーの味も絶品。春子おばあちゃんいわく「ここは水が最高においしいからね」。この店を出るときは誰もが満足感にひたれるにちがいありません。
 
 
 
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ラーメン 米龍
 
入る前からただならぬ雰囲気。いかにも特別な味がしそうなオーラの漂よう、このラーメン屋さんは温泉街メインストリートの一つ南側の小路にあります。
店に入ったら先ずとうふラーメンを一つ頼みましょう。30年前メニューに加えて以来、旅人にも地元の人にも絶賛され続けてきた自慢のラーメンです。
そして餃子!6個一皿の餃子を焼く年季の入った鉄鍋を見るだけで、食べる前から圧倒されます。
 
この店は、中途半端にグルメを気取ったその辺のラーメン屋ではとても太刀打ちできない不思議な迫力に包まれています。これは味のよさもさることながら、30年間一人で店を守り続けてきた米子おばあちゃんの「思い入れ」によるところが大きいのは間違いありません。おばあちゃんの人懐っこい笑顔と渋を愛して語る話もまたいいのです。
一度ここのラーメンを食べたあなたが、もし再び渋温泉に訪れたなら、無意識のうちに石畳の小路を歩き、いつのまにか米龍のカウンターに座り餃子を食べている自分に気が付く・・となることをここで予言しておきます。
 
 
 
おもしろ夢倶楽部
 
石畳の温泉街のちょうど中ほどに、消えかかった「松田ストア」の看板を見かけたならぜひ入ってみることをおすすめします。松田ストアとは実は昔の名残りで、現在の店名は店主松田れい子さんが切り盛りする「おもしろ夢倶楽部」です。ここに並ぶ数々の“へんてこりん”なものは、街の人が入れ替わり立ち代り来ては置いていったもの。お店ですからもちろん買うことが出来ますが、ぶらりと入った人は「・・・これなんだろう」を連発する、不思議なお店です。
 
れい子さんはなんと大正3年生まれ。お店を守るかたわら、ある時は踊りの師匠となり、ある時は短歌を作り、またある時は自作の紙芝居!を披露しに東へ西へ飛び回る熱血おばあちゃんです。
 
最先端のCG映像が日常的に見られるこの時代、「紙芝居なんて・・」とおっしゃるあなた。気持ちはわかりますが、よってかっしゃい見てらっしゃい。引き込まれること請け合いで、もしつまらなかったらお金はいりませ〜ん(といっても最初から無料です)。
紙芝居は10年前から始め、土地の民話をベースにした物語創作から描画まで全て自作で、すでに三十数作目。町内の学校や福祉施設で毎月数回の披露をするほか、時にはお店でもいたします。
おばあちゃんの生の語りがあってこその紙芝居なので、このサイトでの紹介は出来ませんが、渋に来たら必見のお店です。
 
 
 
西脇ろくろ細工
 
奥信濃の深い森に囲まれた山ノ内町はろくろ細工が盛んな地域です。温泉街の東のはずれに西脇さんという名工の工房があります。
きちんと整頓された様々な道具と材料に囲まれた作業台では、見る見るうちに見事な湯飲みなどの食器が生まれていきます。何もかもが自然と共にあるこの土地らしい文化がここに息づいています。
 
 
 
温泉寺 宮澤ご住職
 
温泉街の最も奥まったところに建つ、見るからに由緒ありそうなこのお寺は、その名も横湯山温泉寺。約700年の歴史をもつ曹洞宗のお寺です。名前からも推察されるように、温泉との関わりは深く、武田信玄公の湯治場でもあったことに因み、「信玄かま風呂」が建てられました。
「横湯」とは、温泉寺の裏山の斜面(つまり横穴)から温泉が湧き出ていたことに由来した地名で、この地がいかに温泉に恵まれていたかを物語っており、現在でも境内には数箇所の源泉が存在しています。
 
25代目の宮澤浩昭住職は、寺に伝わるこの土地の様々な言い伝えや歴史の伝承者でもあり、穏やかでわかりやすい語り口を通じて、いにしえの渋温泉を垣間見ることができます。
 
数ある言い伝えの中で、特に不思議なもののひとつに裏山斜面にある「無縫塔」があります。現在の志賀高原大沼池にすむ竜神が、温泉寺の僧に教えを受け、そのお礼に丸い石を横湯川に流して送り届けてきたというのです。住職が代わるたびに石は届けられ、実際に今24個の石が並べられているのを見ることができます。
下駄を鳴らしながら、このような伝説をたずね歩き、異次元空間に迷い込んでみるのもたまにはよいかもしれません。
 
 
薬師庵 智光さん
 
本当に心豊かになる旅をしたい方は、ここ渋温泉高薬師和光庵に訪れると良いかもしれません。
旅に出て、人とふれ合う時はどんな時でしょうか。宿の人、タクシーの運転手さんなどと話すことはあっても、行きずりの人と話し込むことは、現代の日本では本当にまれなことではないでしょうか。
ところが、ここでは自然に言葉が交わされ、心が通じ合います。
 
智光さんは22歳の時、ここで庵主さんとなって以来、この土地の人と語り合い、励ましあい、時には歯に衣着せぬ物言いで皆を叱咤激励してきました。誰に対してもわけ隔てない気さくな振る舞いは、それがたとえ旅の人であっても変わることはありません。
あなたが元気なら話は盛り上がり、仮に少し落ち込んでいたとしたならば、庵主さんと話すことできっと元気を取り戻せるでしょう。近隣の人も遠方の人も、女の人も男の人も、年配の方はもちろんですが、ひょっとすると若い人ほど打ち解けてしまうかもしれません。
 
ガールスカウト時代の話、仏教の聖地インドでガンジス川のほとりに立ちすくんだ話そして渋にまつわる様々なエピソードなど、仏様に仕える方独特の深い語りが心に残ります。
四季折々の情景がすばらしいこの境内で「渋は日本一の温泉なんだから、もっと誇りを持ちなさい。なにも背伸びをする必要なんてないんだよ」などと、今日もこの街の皆さんにエールを送る毎日です。
 
 
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